明治維新と現在

現在求められるリーダー像は、明治維新の頃のそれと似ているとも言われます。強さよりも協調を重視するリーダーが求められているという点で、あながち間違いでもないように思われます。

明治維新の頃は日本のことだけ考えれば十分でしたが、現代社会はボーダレスの問題が山積しており、各国と協調する必要性にも迫られています。環境問題や金融危機、核兵器の削減といった問題は、正にお互いの協調が求められる事案です。米国のように強さを前面に出して交渉する時代は過去のものとなりつつあります。

話が少し大きくなりました。世界レベルの話は大袈裟に聞こえるでしょうから、ここで国内の問題に絞って話を続けたいと思います。

今世紀に日本で登場するリーダーは、カリスマ性を帯びている人よりも、他人の長所を育てられる人の方が多くなると筆者は考えます。それはスピリチュアルの世界を学ぶと分かってくることなのです。

強く突き進むだけでは必ず犠牲者が生まれてしまいます。

その犠牲者を助けたり、そもそも犠牲者が生まれにくい構造を作ったりすることのできるリーダーは、他人を育てられるリーダーとしても活躍するはずです。

犠牲者と聞いてもイメージし辛いかもしれませんが、経済的な犠牲者は一番分かりやすいでしょう。

既に18世紀にはその萌芽が見られました。18世紀と言えば産業革命が起こった時代であり、正に資本主義が産声を上げた時代に当たります。当時は資本階級と労働者階級とが明確に分かれていました。犠牲者は労働者の中から生まれたことは言うまでもありません。

この基本的な構造は現代にまで及んでおり、資本家が労働者を搾取しているという現実をどのように緩和するのかが問われています。

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